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最期はどこがいいですか?

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人は、「オギャー」と性を受けてから皆、死に向かって生きています。

 

その時に既に、自分のタイムリミットは決まっていて、しかしいつかは判りません。

 

だからこそ、一生懸命いろいろなコトを学び、成長します。

 

日本では、もともと最期の見送りは自身の自宅から近親者に寄り添われ見送られていました。

 

ここ数年で、皆さんのまわりに葬祭場いわゆるメモリアルホールがたくさん増えていませんか?

 

ちなみにインターネットで「葬儀」と検索すると

 

・葬儀の流れ

・葬儀(wikipedia)

・葬儀の費用比較(価格.com)

 

あとは、各葬儀会社のホームページがたくさん出てきます。

 

葬儀というものは、かつては自宅でおこなわれるのが一般的。

 

昔は「葬儀のことはわからなかったら年寄りに聞け」とよく言われたそうです。

 

この葬儀というものは、地域のコミュニティーが中心となっておこなうのが特徴でした。

 

しかし、現在では葬儀の担い手は個人化しています。

 

また、今のお年寄りの中でも既に葬儀に関して知らない層が増え始めたそうです。

 

これは、1960年代から70年代にかけて日本の葬儀が大きく変わり始めたそうです。

 

葬儀の運営の中心はコミュニティーから葬祭業者に替り、共同体の中で伝承されてきた様々な風習が

 

そこでぷっつり切れてしまいました。担い手が葬祭業者となり、葬儀の風習は、葬祭業者から教えられ

 

遺族は消費者として行動するようになったのです。

 

先日、日経オンラインの記事で「隈研吾さん」の対談記事がありました。

 

“「死ぬこと」が想定されていない日本の住宅”

 

「死が想定されていないマンションに、死が想定されている老人がたくさんいるんです。

 

マンションのエレベーターは、棺桶が横に入るように設計されておらず、

 

もし棺桶を入れるならば立てないといけない。」

 

確かにそうですね。

 

マンションのことは、今まであまり考えていませんでしたが、この記事を読んで確かに!と思いました。

 

また、その記事の中に「昔、高層団地を作った公団の人に“棺桶はどうやって運ぶのか?”と聞いた」

 

とありました。

 

答えは何かわかります?

 

その公団の人は下記の様に言ったようです。

「マンションに住むのは若い夫婦たちで、彼らはいずれ戸建てに引っ越す前提だから、大丈夫なんです」と。

 

これは、公団の人に関わらず、今の住宅業界でも少なくあるのではないでしょうか?

 

今さえ良ければ良いという考え。

 

日本には、日本の文化があり、日本の美学や価値観があります。

 

家は、その地域の文化や伝統、コミュニティーを守る上で大切なのでは無いでしょうか?

 

皆さん、自分の最期はどこがいいですか?

 

私は、自宅から家族や地元の人に見送られたいと思っています。

 

妻にも言っています(笑)

 

それは自分が子どもの頃当たり前に見ていた光景であったからかもしれません。

 

古民家のことは、「古民家住まいる」へ!

http://www.kominka.net/

Author Profile

河野公宏
河野公宏
KOMINKAを世界共通語に!

【古民家ネットワーク本部】
株式会社アステティックスジャパン 代表取締役社長
(旧:株式会社ヴィンテージアイモク)
【全国古民家再生協会連絡会議】
事務局:一般社団法人住まい教育推進協会 事務局次長